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式年遷宮は日本文化の源流

このように、莫大な費用と資材を必要とする式年遷宮を、なぜ1300年以上も続けることができたのか。

それについて作家の井沢 元彦氏は「日本人は、建物をはじめすべての(自然界に存在する)ものが常に魂の再生とかかわっていくのを永遠に続けていくことを、本質的に望んでいるからだろうと思います」と語る。

伊勢神宮の主祭神である天照大神は太陽神だ。太陽は東から昇り、日中に中天に至り、やがて西の空へ沈む。また、年間に千数百回近くあるという儀式のほとんどは稲作にまつわるものだ。稲作もまた、四季のサイクルにあわせて種を撒き、育ったあとは収穫して、やがて枯れ、また次の年に同じことを繰り返す。

このように古いものを新しくすることで固体の永遠の生命を保つ文化は、農耕民族である日本独特のものだと井沢氏は語る。

「出来上がった建物は(人間にとって)ひとつの象徴です。つまり、続いているのは建物という物理的なものだけではなく、人間の営みとして続けているわけです。だからこそ式年遷宮は1300年も続くのだと思います」(井沢氏)

20年に一度の式年遷宮は、建て替えを通して国の新たなる生まれ変わりを願い、国家が永遠に瑞々しいままに栄えることを願った儀式なのだ。

いまなお、1300年前の姿を保ち続ける伊勢神宮。かつて誰もが「一生に一度は」と願ったお伊勢参りで、日本文化の源流を感じてみるのはいかがだろう。

(後編では2008年4月25日に行われた「鎮地祭」を動画と共に紹介します)

内宮の参道には白い玉砂利が敷かれている。両側に広がる神苑は明治時代につくられたもの(写真左)。内宮に流れる五十鈴川(写真右)。川べりが石壇上になっているため、手水舎の代わりに手を清めることが出来る
(クリックすると拡大した画像が開きます)

2013年の第62回式年遷宮では、2つある敷地の西側に社殿が建つ。写真左は式年遷宮についての説明板。写真右は2008年4月25日、鎮地祭が行われた時の新御敷地。当日は心御柱覆屋(シンノミハシラオオイヤ)の周囲に五色の幣(神前に供える布、織物)が立てられた。心御柱とは社殿中央の地中に埋められた柱で、古来より最も神聖なものとして扱われてきた
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(後編に続く)



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