森の力は水に鉄を溶かす
科学的に証明された森と川と海の関係
漁師の直感を信じて森に木を植えはじめた畠山氏だったが、「なぜ森の木が大切なのか」はよく分かっていなかった。
「水産学、農学、河川、山林、生態学、それぞれの分野の専門家はいるけれど、誰に聞いても明確な答えは返ってこない。森と海の関係はそれらのすべてがかかわる境界の学問で、海の先生は海のことはよく知っていても川や森のことは分からないから、めったなことは言えないんでしょう」(畠山氏)。
運動を進めていくために、森と海の関係を科学的に説明できないだろうか──そう考えていた畠山氏に道がひらけたきっかけは、北海道の日本海側で問題になっている「磯焼け」をテーマにしたテレビ番組を見てからだった。
「磯焼け」とは、海藻が枯れて岩肌が真っ白に露出してしまう現象である。海藻が生えないから魚や貝も寄り付かない。テレビに映っていたのは、真っ白で生き物の気配のない、まさに“海の砂漠”の姿だった。

牡蠣の森を慕う会 代表 畠山重篤氏
そしてテレビ番組で解説されていたのは、海藻や植物性プランクトンの生育には水中の鉄分が重要であり、磯焼けのおきている地域では、海水中の鉄分濃度が極端に低下しているので、生き物が育たない。そして鉄分は、川の水で陸から運ばれる、ということだった。これはまさに畠山氏が求めていた、「元気な海を作るための森の役割の科学的な説明」だった。
この解説をしていたのが、当時・北海道大学水産学部の松永勝彦教授(現在・四日市大学特任教授)である。とにかく思い立ったらすぐに行動に移さないと気の済まない畠山氏は松永教授に直ちにアポイントメントを取り、その日の夜行列車を乗り継いで北海道まで会いに行った。
松永教授の専門は、海水中の微量金属を測定する研究である。「海水中に溶けている微量の鉄が、海の生き物を育てるためにはとても重要な役割を果たす、と先生は教えてくれました」(畠山氏)。
植物性プランクトンが育つためにはリンや窒素、ケイ素などの肥料分が必要だが、実は先に体内に微量の鉄を取り込まないと養分を吸収することができない。木の葉が腐って腐葉土になると、鉄イオンと結びついて、「フルボ酸鉄」という植物プランクトンに吸収されやすい鉄が出来る。これが川の水によって海に運ばれる。つまり、川の上流の森、特に広葉樹林が海の恵みにはとても重要なのだ。
「これまで『ダムを作ると海が死ぬ』といっても、『なぜだ?』と聞かれたら、それこそ漁師の直感だとしか答えられなかった。松永先生に出会って、科学的に森と川の関係を説明できる裏づけが出来た」と畠山氏は語る。
その後の松永教授らの調査にもとづく試算で、気仙沼湾の年間水揚高20億円のうち、およそ18億円が大川の栄養で育った魚介類であることが明らかになった。まさに大川は気仙沼湾の「命の水」であることが科学的に証明されたのだ。
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