お金を掛けず、皆が手を取り合う
失敗から生まれた「安心院方式」
現在、安心院町内で民宿を営む家は17軒。このほか、修学旅行の場合だけ受け入れるところが50軒ある。町の人々が、自分のできる範囲で参加できるのも安心院町の特徴だ。
また、グリーンツーリズムで農家が経営する宿泊所は一般に「農家民宿」というが、安心院町では「農村民泊」と呼んでいる。人と人の心の交流を大切にし、「村全体で(お客さまを)迎えよう」という思いから生まれた名称だ。
「ここ安心院では、『1日1組と心の交流を持つこと』を一番大切にしています。だから忙しいときには(グリーンツーリズムを体験したいというお客さまからの申し出を)断ることもありますよ。グリーンツーリズムはあくまで農業を維持するための副業なんです。それが逆転してしまったら続きませんから」(宮田氏)。

町内に建つ安心院町グリーンツーリズム研究会の事務所。2004年11月にNPO法人化した
もちろん、こうしたスタンスは最初からあったわけではない。
1992年に農林水産省が主導でグリーンツーリズムを推進していたころ、宮田氏が「アグリ(農業)ツーリズム」という名称で始めた取り組みは1度、失敗に終わっている。当時は国からの補助金があり、新聞などでもよくグリーンツーリズムが取り上げられていたにもかかわらずだ。
それから4年後の1996年、宮田氏はあらためて「安心院町グリーンツーリズム研究会」の立ち上げを志す。知り合いの中から「この農家ならできそうだ」と思う人に声を掛け、説明会を開いた。最終的に8軒の人が集まり、実際にスタートしたのは7軒だった。
以前の失敗の経験から、宮田氏は「お金を掛けないこと」を基本にしようと決めていた。そこで最初は、町の特産品であるぶどうの収穫期に開かれる「ワイン祭り」に合わせて、グリーンツーリズムの宿泊客を入れた。食事の際に町のイベントや地域のレストランを利用してもらえば、受け入れ側である安心院町の農家は、宿泊場所だけを提供すれば済むからだ。精神的な負担が軽くなるだけでなく、地域還元にもなる。

安心院町グリーンツーリズム研究会
会長 宮田静一氏
「要は独り占めしないことです。農村の皆が仲良く“手をつなぐ”。それにはお金を掛けないことですね。お金を掛けないから安心院は皆、仲良しなんですよ。これが鉄則。これが『安心院方式』です」と宮田氏は静かだが、しっかりと説明する。
そうしてスタートした研究会は、勉強会や料理研修を重ねながら少しずつ地域に広まっていった。当初はほかの地域と同じように「農業体験」をメインにしていたが、現在の「心の交流」を大切にするスタイルに変わったのも、皆で試行錯誤しながら歩んできた結果だ。
「いろんな人が来るから、やっていて楽しいんですよ。自分が楽しくて、お客さまもニコニコしてくれて、おまけにお金を置いていってくれる……こんないいことはないですよ(笑)。実は、副業はこれまでにもゴボウやイモ、ほうれんそうと、色々やりました。でも、グリーンツーリズムが一番良い。断然良いですね」(宮田氏)。
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