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正しい評価法の提案(6)〜「納得できるレベル」を決める

2005年10月27日

(中島 敦司)

皆が納得できるレベルを設定

何を評価の軸にするか?という質問に答えるのは難しい。何かの効果を評価する際には、大きく二つの方法論がある。一つは、建設などの行為を行う前と後の状態を比較する方法。もう一つは一定の基準を設け、それを達成できているかどうかを調べる方法だ。例えば「ある種の生物が確認できれば、それを支える生態系が確立された」と判断する。

どちらの評価法とも、長所と短所がある。前後比較は、以前と比べて望んだ方向に進んでいるかどうかは分かるものの、どこまで進んでいるのか、その程度が分からない。

これに対して基準による評価法は、基準そのもののレベルが、望んだものと本当に一致しているかどうかが分からない。望んだレベルであるかどうかを知るためには、評価する事象のメカニズムが「ある程度」は分かっている必要がある。そうでないと基準そのものに対する合意が形成されず、評価結果も無視されてしまう恐れがある。

そこで、新しい評価基準の考え方を提案したい。評価者が「納得」できるレベルをあらかじめ設定するというのはどうだろうか。

最初に、最先端の科学で明らかになっていることを基に基準を設け、公益機能のそれぞれを評価する。新たな知見が得られた場合は、それに合わせて基準を修正する。基準が分からないものに対して、無理に基準を設けることはしない。どうしても設けたいときには、あとで修正できるように条件や視点を明確にしておく。もちろん、経済評価なども含め、事象間のトレードオフ関係が明確になる基準を可能な限り多く得ておく。科学的に評価できないものは、「良い悪い」あるいは「好き嫌い」といった「直感」で評価する。

こうしたことを基に、皆が納得できるレベルを模索し設定するというものだ。例えば、「安全性を確保するためにはAの方法だが、それによって失われる自然環境はこれで、どっちが良いのか?」、ではなく、「双方が折り合いをつけられるポイントを探し、それを評価基準に設定する」方法だ。あるいは、様々な事象について、考えられる限りの項目を評価軸に置き、それぞれの結果同士のトレードオフ関係を議論した上で最終的な評価結果を求めるという方法も考えられる。総合的な評価と表現したらよいのかもしれない。

総合的とは、判定基準があいまいであるというのと同義だ。科学的な立場から本来は避けたいところが、立場も考えも着目点も違うことを同時に判断する際には、効果的な方法となろう。前後比較による評価結果と組み合わせることで、さらに納得の得られやすい判断につなげることが期待できる。

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