正しい評価法の提案(3)〜事後評価を考える
近年、公共事業などでは、投入した税金をムダにしないために、事後のしっかりした評価が求められている。しかしながら、事後評価はその評価基準の選択やデータの判定法など多くの問題を抱えており、一筋縄ではいかない。
近自然学ではどう考えたらいいのだろう?
ここでは、スイス・ドイツにおける新しい川づくり(近自然河川工法)における具体例を交えて、原則と提案をお話したい。
事前評価(アセスメント)がミティゲーション(環境破壊緩和)と対であるように、事後評価(ジャッジメント)は手直しと対になる。
事後評価は本来、実施した建設プロジェクトの至らぬ点や成果を調査・判定し、手直しを加えたり次回の課題とすることによって、できるだけ住みよい国土を造っていくことだろう。加えて、環境にも貢献し、ひいては税金の投資効率向上を目指す。もちろん事後評価を、建設プロジェクトの正当性を納税者に説明する手段に使うこともできる。行政の説明責任が厳しく問われる昨今、この傾向は強まるに違いない。しかし、それが主目的になると、調査項目の選択や判定に悪影響を与え兼ねないので、要注意であろう。
1. 多くの人たちが時代を超えて納得できる評価が理想
理想的な事後評価は、広い地域で、いろいろな立場の多くの人たちが、時代を超えて長く納得できるものだろう。反対に、特定の地域の一握りの人たちが一時的にのみ満足する評価は、あまり望ましいものではない。多くの人たちを納得させるためには、多くの人たちが評価に参加すればよいという考え方もある。しかし、大きなグループの取りまとめはとても難しく、必ずしも良い結果が得られるとは限らない。
2. 評価する者の独断と偏見を避けたい
事後評価は、建設プロジェクトの結果を、安全性やエコロジーといった基準(普通は複数の基準)によって判定する。そして一般的には、事後の結果を「何か」と比較することによってなされる。
どのような判定基準を採用するのか(建設後の結果を、建設前と比較するのか、または、本来あるべき状態と比較するのかなども含めて)、そして、どのような判定を下すのか(例えば、ある動植物が増えたことを前進と理解するのか、問題ととらえるのか)は、評価にかかわる人間の判断だ。つまり、評価は「評価基準の選択」と「判定」という「二重の主観」を通した結果だと言えるのではないか。
とはいえ、これを特定の個人の偏った独断に終わらせない努力は必要だろう。判定をコンピュータにやらせれば問題解決かというと、もちろん、そんなことはない。コンピュータは自分では判断できないので、判定に必要なルールづくりやデータの選択を人間がやらなければならない。だから、基本的には何も変わらないのではないか。判定の際に好悪などの感情が混ざらないことや外圧をかわしやすいことはメリットとも考えられるが、直感が効かないのはデメリットと言えるかもしれない。
next: 判定の際に個人の独断と偏見を避ける方法として…
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