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地球を救い、メーカーも救う?
有機ELテレビの時代が近づいている

――既に大型テレビの世界では、液晶テレビやプラズマテレビが市場を占拠しています。有機ELの優れている点は理解できますが、最初は値段も高い訳だし、市場に割って入っていくことは可能なのでしょうか? 参入が遅すぎたということはないのでしょうか?

城戸:  私は最終便には間に合ったと思っています。日本はそれなりのマーケットサイズがあり、余裕がある人も多く、さらに新しもの好きです。その製品が優れたものであれば、多少高くても買う人はそれなりの割合でいるはず。その一例が「iPhone」だと思いますよ。それに液晶にしてもプラズマにしても、価格が安くなりすぎて利益が出ない状態になっています。そういう意味で、有機ELテレビは、利益の出る商品を探しているメーカーの事情にも合っているので、ある時点が来たら、業界の流れが有機ELになっていくのではないでしょうか。


――最後に一つ質問させてください。城戸教授は山形大学工学部の所在地である米沢を拠点に研究開発をされていますが、最先端の研究をされているとなると多少不便ではないかとも思うのです。米沢で研究されている意義みたいなものはあるのですか?

山形大学 大学院 理工学研究科 有機デバイス工学専攻 城戸 淳二 教授

山形大学 大学院 理工学研究科 有機デバイス工学専攻 城戸 淳二 教授

城戸:  実は山形県というのは、有機ELの研究に適した土地なんですよ。まず県が研究開発のために予算をつけてくれる。また米沢には、ディスプレイ製造行程の上流から下流まであり、電気、精密機械の工場があるんです。だから、有機ELの製造開発をしようと思った場合に、製品試作が出来るのが早い。すべてこの周辺で作れてしまうのが強みです。

 それに私は研究開発こそ地方でやるべきだと思っているのですね。それは勤務地と自宅が近いと疲れないから頭も活性化するし、家庭も大事にできます。だから、有機ELはこの地域、半導体はここの地域と決めて、そこに集中して色々な企業の研究機関を集めれば良いと思っています。そうすれば研究の効率もあがるし、地方の活性化につながるはずだと思いますね。

(前編はこちらから)


城戸 淳二(きど・じゅんじ)教授

経歴

1959年、大阪府生まれ。
1984年、早稲田大学理工学部応用化学科卒(高分子化学)。同年、ニューヨークポリテクニック大学大学院 Polymer Chemistry専攻入学。
1987年、同校2M.S(工学修士号)取得、1989年、2Ph.D(工学博士号)取得。
1989年、山形大学工学部高分子化学科助手。
1993年、世界初の白色有機ELの開発に成功。
1996年、山形大学工学部物質工学科助教授。
1997年、山形大学大学院工学研究科生体センシング機能工学専攻助教授。
2002年、山形大学工学部機能高分子工学科教授。
2007年~、山形大学大学院理工学研究科有機デバイス工学専攻教授。
 
2002年~、経済産業省・NEDO「高効率有機デバイスの開発」プロジェクト 研究総括責任者
2003年~、山形県産業技術振興機構 有機エレクトロニクス研究所 所長
2004年~、NEDO「照明用高効率有機EL技術の研究開発」プロジェクト 研究総括責任者

主な著書

『有機ELのすべて』(日本実業出版社)
『突然変異を生み出せ』中村修二・城戸淳二共著(日本実業出版社)
『日本のエジソン城戸淳二の発想~成功は成功を呼ぶ~』(KKベストセラーズ)

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