このページの本文へ
ここから本文です

20年に一度の式年遷宮は
再生と繰り返しの象徴

――伊勢神宮の式年遷宮(※1:編集部注)は、今から約1300年前に第1回が行われ、平成25年(2013年)には第62回を迎えようとしています。これだけ長く続けてきた理由はどこにあるとお考えですか。


※1 式年遷宮とは20年に一度、社殿から神宝、装束にいたるまですべてを新しいものに造り替え、東西同じ広さの敷地(宮地)に交互に遷すこと。定められた年(式年)に新しいお宮を造り、大御神にお遷りを願うために、「式年遷宮」と呼ぶ。
遷宮起源は7世紀後半の飛鳥時代に天武天皇が「二所太神の宮の御遷宮の事は20年に一度、まさに遷御せしめ奉るべし。立てて長例となせ」と命じたことにあるという。その後690年、天武天皇の皇后である持統天皇が内宮の第一回式年遷宮を執り行った。1300年以上続き平成25年には第62回を迎える。


井沢 元彦 氏(以下、敬称略):  神宮が式年遷宮をなぜ行うのかという根本的な定説はありません。ですがその理由の一つとして、“再生の象徴”が挙げられると思います。

作家 井沢 元彦 氏

作家 井沢 元彦 氏

神宮は白木ですから、20年もたつとだんだん古びて傷んできます。それに柱を直接地に埋める「掘立造り」なので、長い間、雨水などが木に染みて、腐ってしまいます。

式年遷宮で、古くなった社殿を新しく造り直すというのは、ちょうど西に沈んだ太陽がまた次の日に東から昇ってくる、という再生の感覚に近いのではないでしょうか。

神宮に祭られている天照大神(アマテラスオオミカミ)は、太陽の神様です。そして太陽は東から昇り、中天に輝き、そして段々に衰えて西に消える。しかしまた翌日には昇ってくるという永遠のサイクルを繰り返しているわけです。それにあやかろうという考え方があると思います。

あるいは人間というものは、一代に限れば老いて死んでいきますが、必ず子供たちがその後を継いで、またその子供が大人になってから子供を生み育てる、という連環で命が続きます。命の再生が永遠に続いていくのだということを、式年遷宮は象徴しているのではないでしょうか。

これは私がよく言うことですが、実は伊勢の神宮が成立した頃とほぼ同じ時代に、奈良の法隆寺が建立されていました。

法隆寺のコンセプトは、何百年も持つ檜で恒久的な建物を造ろう、というものですから、土台に「礎石」を使っています。礎石というのは柱の下に置かれた石で、建物を支える土台になります。これは大陸から伝わった技術で、柱の腐食を防ぐため、柱が長持ちするわけです。

つまり、神宮ができた当時には、法隆寺のような耐久性のある建設技術が大陸から既に伝わっていた。現にその技術を駆使した建物があるにもかかわらず、神宮はそれを取り入れていない。法隆寺とは全く対照的なコンセプトの、そのままにしておけば腐ってしまう建物をあえて造って、20年ごとに新しく造り替えているんです。

ここから下は、過去記事一覧などです。画面先頭に戻る バックナンバー一覧へ戻る ホームページへ戻る

記事検索 オプション

SPECIAL

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。

ご案内 nikkei BPnetでは、Internet Explorer 6以降、 Safari 2以降、Opera 8以降、Netscape 8.1以降またはHTML 4.01/CSS level 1, 2をサポートしたWebブラウザでの閲覧をお勧めしております。このメッセージが表示されているサポート外のブラウザをご利用の方も、できる限り本文を読めるように配慮していますが、表示される画面デザインや動作が異なったり、画面が乱れたりする場合があります。あらかじめご了承ください。

本文へ戻る