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江戸時代は理想的なエコ社会!
人々はムシと上手に暮らしていた

――かつての日本人は寄生虫とどのように付き合ってきたのでしょうか? そして寄生虫感染率が急速に下がった理由の背景には何が考えられますか。

藤田:  日本人は元来、きれい好きな民族です。特に江戸時代は、世界的に見ても人々が清潔な暮らしをしていました。銭湯の流行にも象徴されているでしょう。ただし、寄生虫を必要以上に駆除しようとはしませんでした。

我々は今でも「ムシの知らせ」とか「ムシが好かない」、「腹のムシがおさまらない」といった言葉を使いますが、この“ムシ”は寄生虫を指しています。それぐらい、人のお腹の中に寄生虫がいることは自然だったのですね。

もちろん、寄生虫が増え過ぎては症状が出てきます。だから「海人草(かいにんそう)」に代表される虫くだし食材があり、それらを活用することで体のバランスを取っていたわけです。また昔の日本は糞便を肥料にしていました。日本人は生野菜を食するという習慣を持っていませんでしたから、必要以上に寄生虫を増やすことはなかったのです。

「海人草」。奄美大島や沖縄など、温暖な海に生えている海草で、古くから回虫駆虫薬として用いられてきた

「海人草」。奄美大島や沖縄など、温暖な海に生えている海草で、古くから回虫駆虫薬として用いられてきた

ところが終戦後、マッカーサー率いる進駐軍が来日し、日本の生野菜を食べて寄生虫に感染するということに悩まされました。そこで「日本は野蛮な国だ!」と批判が起こり、寄生虫を減らそうという動きにつながっていったのです。これが日本における清潔志向の始まりであって、それまでの“寄生虫と共生する”という考えがなくなっていきました。

糞便肥料が化学肥料に変わり、水洗式トイレが増えました。すると必然的に下水処理施設が増えて、寄生虫激減の裏で膨大なお金とエネルギーが費やされ、温暖化など環境破壊にもつながっていったのです。

ところがそうやって清潔志向が進むのに反して、アレルギーなどの症状は増加の一方です。その点、江戸時代は糞便をリサイクルし、適度に寄生虫とも付き合う知恵を持った素晴らしいエコ社会だったと思いますね。

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