今、人類に足りないのは
自分たちの欲望をコントロールする知恵
――映画『The Day After Tomorrow』ではないですが、最悪のシナリオですね。
安田: いや、単なるシナリオではなく、相当、現実味があるということにぜひ気づいていただきたい。
これは、1万5000年前から1万1000年前にかけての気候変動を詳しく調べて分かったことですが、私たちの暮らすモンスーンアジアは、ヨーロッパや西アジアに比べて、温暖化の影響をいち早く受けます。
温暖化によって、先ほど触れたように暴風雨や干魃などが多発し、それらの結果、食糧生産量は急速に減少するでしょう。こうなると「気温が暑くなったな」などとは言っておれません。食物の奪い合いが起こり、もしかすると、食料を確保するために人は殺しあうことになるかもしれません。
――ますます、今、取り組めることをきちんと実行しなければならないわけですね。しかし、一般論的に地球温暖化の問題、環境、循環型経済の大切さなどを訴えても、人々はまずは実態経済が伴わなくてはなかなか動きません。
安田: 環境問題を解決する知識を、人類はちゃんと持っているのです。あとは政治や国の問題です。一般の庶民が頑張るのは尊いことですが、それでは流れを作ることはできない。例えば、循環型社会を目指すNPOも頑張ってほしいけれど、それだけでは流れに棹さす力はない。
極論で申し訳ないのですが、インドのバングラディッシュを襲ったサイクロン(暴風雨)で何百万人という人たちが亡くなったとか、「これじゃ、人類はダメだ!」と誰もが思うぐらいの大災害が起こらなくては、全人類がそれこそ一致団結し、協力して当たるべき問題だとは気づかないでしょう。
今も、中国やインドではCO2を大量に排出し、水を汚しています。これを可能としているのは「市場原理主義」です。中国は大量のCO2を排出しても、膨大な人口によって一人当たりの排出量は低く見積もられ、排出権取引によって、逆に地球温暖化によって国家財政が潤うという奇妙な現象まで出現しているのです。
すべてを市場原理で片付け、地球温暖化まで市場原理で論じている限り、人類は滅亡の道を一歩一歩、歩んでいると言わねばなりません。グローバリズムと市場原理主義から脱却しない限り、人類は永遠に地球環境問題を解決できないでしょう。
それほどに人間の欲望は深くあさましいのでしょうか。誰かがいくら地球の温暖化問題を取り上げ叫んでも、実際に息苦しいと思わなければ、本当に二酸化炭素(CO2)を減らさなくてはいけないと思うことはないのでしょうか。
きわめて自分たちにとって身近な問題でない限り、他人事と思ってしまう。でも当たり前ですが、実際に息苦しさを感じるころには、とうに手遅れになっているのです。
今、人類に足りないのは、自分たちの欲望をコントロールする知恵です。今の市場原理主義社会では、欲望が知恵に勝っています。それでは持続型社会の実現は無理です。
昔の日本人にはその知恵があり、淡々と循環的社会を実現していました。東南アジアの諸民族や日本人が営んできた「稲作漁労文明」は、川に水さえあれば、森さえあれば、何万年でも同じように持続できる、世界に誇れる持続型文明社会を構築してきたのです。
それに対してヨーロッパや中国の「畑作牧畜文明」は、森を家畜が食べつくして水の循環系を破壊し森の生き物を幾万と殺し、森がなくなると今度は化石燃料である石炭、石油にまで手を付けた。そして地球温暖化を引き起こしているのです。住む人がもっと少なければ、「畑作牧畜型の文明」でも成立しましたが、今は人が増えすぎて、とてもじゃないけれど持続はできません。
――後編では、安田先生が主張される「稲作漁労文明」の特徴などについて伺いたいと思います。

国際日本文化研究センター教授 安田喜憲氏
安田 喜憲(やすだ・よしのり)氏
経歴
1972年 東北大学大学院理学研究科修士課程修了。
1974年 東北大学大学院理学研究科博士課程退学。
広島大学総合科学部助手をへて、理学博士。
1988年 国際日本文化研究センター助教授。
1994年 同センター教授。現在に至る。
1995年 麗澤大学客員教授。
1996年 中日文化賞受賞。フンボルト大学客員教授。
1997年 1999年 京都大学大学院理学研究科教授(併任)
1991年 1994年 文部科学省重点領域研究「文明と環境」、
1997年 2001年 文部科学省COE拠点形成プロジェクト「長江文明の探求」などのビッグプロジェクトのリーダーを務める。
2001年11月 地球科学や生態学などのノーベル賞に匹敵するクロホード賞の候補に日本人としてはじめてノミネートされ、ノーベル財団の招待によりスウェーデン王立科学アカデミーで講演。
2006年4月 スウェーデン王立科学アカデミー会員
2007年11月 紫綬褒章受章
専攻
1980年には、日本文化が森の文化であったことを初めて実証した。 古代文明の盛衰と環境変動とのかかわりを世界的スケールから研究し、自然科学と人文科学の学際的研究に取り組んでいる。
主な著書 特に記載がない限り、安田喜憲氏による単著
『世界史のなかの縄文文化』(雄山閣出版、1987年)
『森林の荒廃と文明の盛衰』(思索社、1988年)
『文明は緑を食べる』(読売新聞社、1989年)
『気候と文明の盛衰』(朝倉書店、1990年)
『人類破滅の選択』(学習研究社、1990年)
『大地母神の時代』(角川書店、1991年)
『日本文化の風土』(朝倉書店、1992年)
『気候が文明を変える』(岩波書店、1993年)
『蛇と十字架』(人文書院、1994年)
『森と文明』(鶴見精二と共訳著、晶文社、1994年)
『縄文文明の発見』(梅原猛と共編著、PHP、1995年)
『講座・文明と環境 全15巻』(梅原猛・伊東俊太郎と共編著、朝倉書店、1995-96年)
『森と文明の物語』(筑摩新書、1995年)
『森のこころと文明』(NHK出版、1996年)
『森の日本文化』(新思索社、1996年)
『縄文文明の環境』(吉川弘文館、1997年)
『森を守る文明、支配する文明』(PHP新書、1997年)
『図説 日本列島植生史』(三好教夫と共編著、朝倉書店、1998年)
『東西文明の風土』(朝倉書店、1999年)
『日本考古学』(編著、有斐閣、1999年)
『大河文明の誕生』(角川書店、2000年)
『環境と文明の世界史』(石弘之・湯浅赴男と共著、洋泉社新書、2001年)
『地球文明の寿命』(松井孝典と共著、PHP研究所、2001年)
『龍の文明・太陽の文明』(PHP新書、2001年)
『環境考古学のすすめ』(丸善ライブラリー、2001年)
『古代文明の興亡』(学研M文庫、2002年)
『日本よ、森の環境国家たれ』(中公叢書、2002年)
『敵を作る文明 和をなす文明』(川勝平太と共著、PHP研究所、2003年)
『古代日本のルーツ 長江文明の謎』(青春出版社、2003年)
『対論 文明のこころを問う』(小林道憲と共著、麗澤大学出版会、2003年)
『魔女の文明史』(編著、八坂書房、2004年)
『環境考古学ハンドブック』(編著、朝倉書店、2004年)
『文明の環境史観』(中公叢書、2004年)
『長江文明の探求』(梅原猛と共著、新思索社、2004年)
『気候変動の文明史』(NTT出版、2004年)
『巨大災害の時代を生き抜く』(編著、ウェッジ選書、2005年)
『龍の文明史』(編著、八坂書房、2006年)
『山岳信仰と日本人』(編著、NTT出版、2006年)
『文明の風土を問う』(共著、麗澤大学出版会、2006年)
『一神教の闇』(筑摩書房、2006年)
『5万年前』(監修、イーストプレス,2007年)
『環境考古学事始』(洋泉社、2007年)
その他、【英語の本】として
『Origins of Pottery and Agriculture』(ed. Roli Book, 2002)
『Monsoon and Civilization』(ed. Roli Book, 2004)
【中国語の本】として
『長江流域青銅器文化』(高崇文と共編著、科学出版社、2002年)
『神話・祭祀与長江文明』(編著、文物出版社、2002年)
『森林日本文化之母』(編著、上海科学技術出版社2002年)
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