日本の山林をダメにした3つの政策
――先日の公開講座で先生がおっしゃった、「緑色に見えても日本の森は病んでいる」という指摘が衝撃的でした。素人考えでは、青々と葉が茂った森は、とても自然豊かに見えるのですが……。
宮林 茂幸 教授(以下、敬称略): 今、山はヘリコプターで上空から見ても荒れているのがよく分かります。新幹線で静岡に行く途中に外を見ると、木に竹や葛(くず)のつるがまとわり付いている。助けてくれと叫んでいるのが聞こえてきます。そんな山だから松くい虫で木が枯れてしまう。美しい国の山はこんな山じゃないはずなんですよ。
今、日本にある2500万haの森林のうち、1500万haは、全く人の手が入っていない天然林。1000万haが荒れている森林ですが、これは人工林の面積に等しい。人間が付き合い始めた自然なんだから、最後まで付き合ってあげないといけないはずなのに、それができていない。枝打ちして、間伐して……植えた木っていうのは子供と同じでね、きちんと手を掛けて育てないと“悪さ”をするんです。
──一体なぜ、日本の人工林はこんなに荒れてしまったのでしょうか。
宮林: 私は、3つの政策が日本の森林を破壊したと思っています。1つは、1950年代に制定された、電源開発法。山間部にダムを建設することで、森林が水の底に沈んでしまう。もう1つは、戦争中のエネルギー政策。無計画に森林を伐採して薪や炭にすることで、約150万haの森林が消えました。これは四国の面積に匹敵します。
そして3つめが、戦後の植林です。戦争が終わって、国民も疲弊しきっていたが、森林もぼろぼろになっていた。「これではいかん」ということで、戦後の1951年に、国が植樹祭をやったんですね。国民に森林を回復する力はまだないから、国が責任をもって復元しようということです。
以来、1974年のオイルショックまで、日本は国策として植林作業によって緑の造成をやってきました。このときに植えたのは、スギとヒノキを中心とした針葉樹です。元々、日本の、特に本州の山林は広葉樹林でしたが、そこに針葉樹を植えることで生態系が変わってしまいました。。
──なぜ、広葉樹ではなく、スギやヒノキを植えてしまったのでしょう。

東京農業大学 地域環境科学部 森林総合科学科 宮林茂幸 教授
宮林: 結論からいうと、木材が必要とされていたからです。広葉樹林は薪炭林として、マキや炭の材料として人々に活用されていました。しかし、エネルギー転換により日常生活のエネルギーはガスや電気に取って代わられつつあり、マキや炭は売れなくなってきました。
では代わりに何を育てれば売れるかというと、スギやヒノキだったんです。戦後の急速な復興による都市拡大で、住宅を建てるための木材が大量に必要とされていました。スギ、ヒノキ、カラマツ、寒い地方ではトドマツやエゾマツなどを植えていったのです。
1951年に植えられた木は、当初の計画では50年後に伐採する予定でした。ところが高度経済成長期以降、日本の木材は売れなくなってしまった。
──高度経済成長期であれば、逆に、木材の需要は伸びていたと思うのですが。
宮林: 1961年に木材の輸入が自由化され、安い外材が入ってきたからです。それまで、日本のスギやヒノキは今の7倍ぐらい、1m³当たり3万4000~3万5000円ぐらいの価格で取り引されていました。
しかも、日本の木は山から切り出して運ばなくてはいけない。外国から丸太で輸入されるラワン材は安いし、港からそのままトラックに積み込めるので、輸送が楽でした。結果、住宅メーカーなどはこぞって外材を使うようになったんです。
この時期は高度経済成長期の真っただ中で、木材自体の需要は非常に高かったのです。そのため日本の農家は高く売れるスギやヒノキを植えましたが、それが売れなくなってしまった。山の手入れをする動機もなくなってしまい、日本の山は荒れてしまいました。
この連載のバックナンバー バックナンバー一覧へ 画面先頭に戻る
- アレックス・カー氏「田舎のリサイクル」が本物の自然を取り戻す 昔には戻れないから、精神的に「卒業」するべき (2008/10/31)
- 見えてきた!EV本格普及への道[PART1]神奈川県・松沢成文知事インタビュー (2008/10/21)
- 山形大学 大学院 城戸淳二教授(後編)エコな技術、有機ELに注目!来るべき有機ELテレビの時代 (2008/10/21)
- 山形大学 大学院 城戸淳二教授(前編)エコな技術、有機ELに注目!“照明”としての大いなる可能性 (2008/10/14)
- オーシーエス代表取締役 中道雅幸氏 環境時代が求めた発送方法 「エコメール便」とは? (2008/10/07)

