人類が思い悩む以上に
地球は自力で回復すると期待している

『東京計画2101』(模型 模型制作:大嶋信道)
2006年、ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展に出品した模型作品。地球温暖化が進んだ未来の東京の姿を描いている。

この丸みのある白い建物が、インタビュー中に出てくる木材と石灰石を使って建てられた高層建築。
――展覧会「藤森建築と路上観察 第10回ヴェネチア・ビアンナーレ建築展帰国展」(東京オペラシティーアートギャラリーにて開催中。開催期間2007年4月14日~7月1日)では、温暖化により水没してしまった未来の東京を描いた模型モデル「東京計画2101」が大変注目を集めていました。あれはどういう意図で制作されたのでしょうか?
藤森: あの作品は100年後の東京をイメージしてつくったものです。100年後の地球は温暖化で海面が上昇し、遂に東京が水没してしまう。そして残った内陸部も砂漠化がどんどん進行してしまう。そういった状況の中、今度は地球が自力で回復を始め、人類がそこに新都市をつくっていく…そんな時期の姿を描いています。
――どんなふうに地球が回復するのでしょうか?
藤森: そもそも地球の歴史を考えてみると、誕生期にも地球はCO2に包まれていたんですよ。それが海中のサンゴ虫の働きによってさんご礁に、そして樹木の光合成の働きによって木にCO2が吸収され、減少していったわけです。それと同じように、この温暖化が行き着くところまで進んだ未来の地球も、傷口を塞ぐかのように回復し始めると思うんですね。このさんご礁と木というふたつの素材を使って、残された人類がまずその木材を骨組みにして、そこにさんご礁――すなわち石灰石を塗ることで高層建築を作り、都市を築き上げていく、というストーリーをイメージしたわけです。
――では先生は地球温暖化に関しては楽観的に考えているのでしょうか?
藤森: いや、楽観的ということではない。実際に温暖化が進んでいることは間違いないですしね。もちろんCO2だって抑制した方がいい。ただ、僕はちっぽけな人類があれこれ思い悩む以上に、地球は自力で何かをするんじゃないか、という期待がありますね。
――最後になりますが、「路上観察」を長くしてきたご経験も踏まえて、現在の東京の建物についてどう思われますか?
藤森: いつの頃からか面白い建物や風景が街からどんどんなくなってしまってますよね。とくに都市の建築にはユーモアのあるものが本当にない。そういう意味で、もし自分が都市に建物を建てるのなら、そういう楽しい、変なものをいっぱい作れたらいいですね。でも、そんな注文は全く来ないですけどね(笑)。

(前編はこちらからどうぞ)
藤森 照信(ふじもり・てるのぶ)氏
建築家、建築史家。東京大学生産技術研究所教授。1946年、長野県茅野市に生まれる。1971年、東北大学工学部建築学科卒業。その後東京大学大学院工学系研究科にて近代建築、都市計画史を専攻し、1978年に博士課程修了。1980年、東京大学にて工学博士号取得(専攻:建築史・生産技術史)。1996年に東京大学国際産学協同センター教授、1998年に現在の東京大学生産技術研究所教授に就任。
建築家としてのデビューは1991年の『神長官守矢史料館』。その後『タンポポハウス』(1995年)、『ニラハウス』(1997年、日本芸術大賞受賞)、『一本松ハウス』(1997年)、『秋野不矩美術館』(1998年)、『熊本県立農業大学校学生寮』(2000年、日本建築学会賞受賞)といった、自然素材を大胆に用いたユニークな建築を日本各地に築いた。
また作家の赤瀬川原平氏らと1986年に結成した「路上観察学会」や、写真家の増田彰久氏とともに街に埋もれる西洋館の発掘・紹介など、建築に関するユニークな活動を幅広く手がけている。著書も『明治の東京計画』(岩波現代文庫)、『建築探偵の冒険・東京篇』(ちくま文庫)、『人類と建築の歴史』(ちくまプリマー新書)など多数。
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