CO2から合成される高分子製品の実用化に向けて
──さきほど、「CO2から合成される高分子には飛びぬけた特徴がないから実用化されていない」というお話が出ました。例えば、リサイクルしやすいとか、原材料費が安いといったことも、実用化につながる特徴となりえますか?
井上: それもひとつの要素ですが、出来上がった製品がどれだけ特徴的なのかということのほうが重要だと思いますね。CO2から合成した高分子にはもちろん、ちゃんと特徴はあります。
例えば、生分解性。これは専門家なら、化学構造を見ただけで想像できる特徴なのですが、一般に生分解性プラスチックと呼ばれる物質とよく似ているのです。そこで我々は医学部のチームと共同で、動物の皮下にCO2由来の高分子の小片を埋め込んで検証したところ、1週間ほどできれいになくなっていました。この性質を生かせば、手術の際の縫合用の糸などに使うことができます。ただし、実用化するには、長期的に見て人体に影響がないことを証明しなければなりません。

東京理科大学 工学部 工業化学科
井上 祥平 教授
また、CO2由来の高分子をフィルムに加工すると、酸素を通しにくいという利点があります。具体的な用途としては食品のラップフィルムで、アメリカの企業が興味を持ってくれました。しかし、すでに安価で高品質な食品用ラップが多数商品化されていますから、既存の商品と比べて、性質やコストの上で圧倒的な優位性が必要になるでしょう。
もうひとつの特徴は、熱をかけると分解するということ。もちろん、日常生活のなかで簡単に分解しては困りますが、かなりの高温にすると、高分子の鎖状部分がほどけて液体となり、完全に蒸発することがわかりました。これがとある半導体メーカーの目に留まったのです。
半導体には型に入れて成型するセラミックの小さなパーツがありますが、型を固定させるための接着剤として、あるいは型そのものとして、このプラスチックが使えるのではないかと。蒸発してしまえば、セラミックを焼いた後に余計なものが残りませんからね。しかし、半導体内部のパーツだけに必要なプラスチックの量はほんのわずかで、コストを考えると工業的な生産が難しく、こちらもまだ実用化にはいたりません。
──やはり企業が取り組むとなると、その辺りの問題は大きいのでしょうね。
井上: 企業の経済活動として、量を求めるのは当然のことでしょう。ただ、大規模な化学工場で生産することは無理でも、特殊素材を扱うような企業なら、製品化の可能性はあると思っています。そのためにも、もう少し性質を改良する必要があると思っていますし、なんとか量産できるような素材にならないかと研究を続けています。
昨今は環境問題への意識の高まりから、世界的にもCO2からの高分子合成は再び注目を集めていて、アメリカなどでは研究が行われていますし、中国では生産が始まっているという話です。何か新しい活用方法はないかと研究がなされていることは、発見者として大変に喜ばしいことです。だって、“悪者”だと思われていたCO2が我々の生活に役立つとしたら、それはとても愉快でしょう。せっかく大気中に大量にあるのだから、人間はもっとCO2を活用すべき。我々の研究はそのためのものなのです。
繰り返しになりますが、CO2は削減するのではなく、排出を抑制することが重要です。こういった問題には政策も大きく関わってきますから、どこから解きほぐしていくかは非常に難しいテーマといえるでしょう。それでも環境問題は次の世代、その次の世代へとつながる話ですから、我々は発想を転換し、10回に1回クルマに乗るのをやめるくらいの努力はすべきではないでしょうか。
──ありがとうございました。
(前編はこちらからどうぞ)
井上 祥平(いのうえ・しょうへい)氏
933年、京都市に生まれる。1962年、京都大学大学院博士課程修了。同年、京都大学工学部助手に就任。1962~63年、アメリカ・アイオワ州立大学博士研究員となる。1965年、東京大学工学部講師に就任、1978年には同教授となる。1994年、定年退官。同年から東京理科大学工学部教授となり、現在に至る。
専門は高分子化学、生体関連化学。1998年紫綬褒章。元日本化学会会長。現在日本化学会化学教育協議会議長、倫理委員会委員長。
著書に「はじめての化学」(化学同人)、「二酸化炭素」(東京化学同人)などの教科書・専門書のほか、子供向きの「かたいもの・やわらかいもの」(岩波書店)、訳書に「化学者の倫理」(化学同人)などがある。
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