自然はそのままにした方がいい?(後編2)
今週も、前回の続きをお送りします。次回、2月になるので、次回新しいテーマでと考えています。
それとは別に、今回の里山についてのテーマは、今年はもっと頻繁に取り上げていこうと思います。ひとつは、ほどなく僕自身が本格的な里山保全のプロジェクトをスタートさせること、もうひとつは、今回の議論で身近な自然のことが知られていないと言うことを痛感したことが理由です。
この連載では、毎月前半と後半、ふたつのテーマをお届けしていますが、後半に里山など身近な自然についての話、前半は環境ビジネスや産業界の行動、地球全般など、幅広いテーマを扱っていく予定です。
また、扱ってほしいテーマがあれば、コメントにいただくか、渡辺パコあて、メールをいただければ、なるべくまな板の上に乗せていきたいと思います(僕が扱える範囲の話題であれば、ということになりますが)。
さて、前回いただいたコメントへのreplyです。
コメント:慣れ親しんだ里山への思いが強いんですね。人間が認めた植物と、その状況に適応できた動物を身近に見て育った方々は当然、そこにいる人工的な動植物に慣れ親しみ、沢山知っていらっしゃるでしょう。でもその状況に不適切なために排除され、適応できず、その結果、馴染みがなく知らない動植物はそれ以上に沢山あるのではないのでしょうか。数千年間、人間が積極的に自然を「改良」した結果、動植物の種が増えたのでしょうか?原生林に戻すことで種が減るのでしょうか?
経済合理性があるとか、ボランティアが得られる所は里山にしておくのも良いでしょう。それに反対しようとするものではありません。しかし、全てを今まで通り保てないのであれば、その分は「天然」の自然にお返しするのが当然かと。
(ハコ3、2007/01/19)
reply:実のところ、僕は里山で生まれたわけでも、育ったわけでもありません。東京生まれの東京育ち、都会っ子です。母方の実家が栃木だったので、確かに山や里には子どものころから行きましたが、それも夏休みなどに行くだけでした。まあ子どものころは田んぼの回りでトンボを捕って回ったので、好きなのはもちろんです。
さて、ご指摘の「なじみがない動植物」がどうだったのか、今となってははっきり知ることはできません。高山や寒冷地など、今も残っている原生的な自然に行けば、確かに「なじみのない自然」が今もあります。しかし田んぼや畑があるような地域に、人間が住む前に何があったのかは、すでにほとんど知ることができません。縄文時代以前から、日本列島に住む人間は自然を改変しながら、自然と共生してきたので、変える以前の状況は正確にはわからないのです。
原生的な自然に戻すことで「種が減るか、増えるか」はわかりません。ただはっきりしていることは、100年単位ぐらいで見ると、手を入れてきた自然を放置すれば、自然の豊かさは失われてしまいます(少なくとも、日本では)。そして、もし再び自然が豊かになるとすれば、それは数百年から、もしかした永遠に来ないかもしれない未来です。人間は、自然の一部として、自然を豊かにする存在でもあるのですが、これがなかなか理解されないことなのですね。
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