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最後の責任は企業ではなく社会

昨今の日本企業による手抜き工事や食品の偽装などの続出は、企業の社会責任を放棄しているかのようであるが、日本の過去には素晴らしい実績がある。江戸時代の近江商人の格言は「売手よし、買手よし、世間よし」の三方よしであり、大文字屋の家訓は「先義後利」、すなわち利益より以前に徳義を重視していたのである。この商売の精神は明治以後も継続している。

この10月からパナソニックと社名変更した松下電器産業を創業した松下幸之助氏は、すでに1932年に「商売や生産の目的は、その商店や工場を繁栄させるのではなく、その活動によって社会を富裕にすることである」と宣言し、本田技研工業を創業した本田宗一郎氏は「地域に迷惑をかけ製品を生産する企業は廃業すべし」と喝破している。はるか以前から企業の社会責任を自覚していたことが理解できる。

そのような伝統がありながら、日本企業の倫理が急落している理由を解明する必要があるが、その背景を我々に気付かせるような動向がある。

これまで品質管理を評価するISO9000、環境経営を評価するISO14001を制定してきた国際標準機構(ISO)が企業の社会責任を評価する基準をISO26000として来年発表する準備をしているが、その過程で、これまでのCSRから「C」を除去し、SRとすることになった。

理由は、環境問題や社会問題は企業(コーポレート)だけに責任がある課題ではなく、市民(シティズン)や地域社会(コミュニティ)にも相応の責任があるということである。企業が環境に配慮した製品を生産して価格が高価になった場合、それでも購入してくれる社会が存在しなければ、企業はそのような活動を持続できないということである。環境時代に最終責任があるのは、結局、我々なのである。


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月尾 嘉男(つきお・よしお)

1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学工学系大学院博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などをへて、2002-03年総務省総務審議官。2003年より東京大学名誉教授。2003年2月ケープホナーとなる。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヤック、クロスカントリースキー、登山。
月尾 嘉男の洞窟

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