摂るばかりで与えない人類は
食物連鎖の中の“やらずぶったくり”
おおよそすべての生物が、生態系の食物連鎖の中に位置付けられる。その仕組みは、ほかの生物の食糧として差し出すということをメインシステムとして循環している。
そしてもう一つ、摂取した栄養素の一部を排泄物として環境に還元し、それによって、ほかの生命が恩恵をこうむるという重要なサブシステムも持っている。
ところが、食物連鎖の頂点に君臨すると自認する人間の多くは、「摂るばかりで与えない」という“反則”を平然と行っているのである。生きているうちは言うに及ばず、死んでも体を食わせてなるものかと火葬にしてしまう。さらには副産物である排泄物さえ誰にもくれてやらないと水洗・下水・浄化という閉鎖系システムの中で処理してしまう。
これでは、生態系の中の“やらずぶったくり”である。
だから、せめて排泄物だけでもコンポスト化して、肥料として環境に還元したいと私などは思うのだが、残念ながらこれが必ずしもうまくいかないらしい。
一つには、完備された水洗浄化システムのインフラと縁を切って、自立的な循環システムを作ることが、そう簡単ではないということ。そこには技術的な課題とともに、文化的な、あるいは法律などの社会制度上の課題が横たわっているし、産業や経済の仕組みも障害となる。
さらに、例えば北欧で実用化されているコンポストトイレを日本で試してみても、うまく機能しないという実験結果もあるようだ。原因は、日本人の排泄物には、豊富な栄養素とともに、多量の抗生物質や防腐剤などが含まれていることにある。それらの化学物質によってコンポストに必要なバクテリアが死滅してしまい、うまく発酵しないのだという。
そこで、学生たちの展示作品は訴える。まず、栄養素の循環の仕組みを取り戻そう、と。そのうえで、私たちが何を食べれば、その仕組みがうまく働くのかを考えよう、と。
おそらく、その条件を満たす食べ物は、私たち自身にとっても良いものであるはずだ。なぜなら、それは回りまわって私たちの体内に再び取り込まれ、生命活動の源になるのだから。
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