第15回 これからの環境に向けて、京都とプノンペンで感じたこと
内戦終結から15年
がむしゃらに明日へと走り続けるプノンペンの姿
先週末は京都へ。そして週が変わり、この回を書いている現在、カンボジアのプノンペンに来ている。
対照的な2つの都市を立て続けに訪れたことで、環境に対して僕らがどう接していくべきか、改めて考えさせられた。
京都は千年単位の歴史があり、そこに蓄積されているのは洗練の極み。一方、プノンペンは、ポル・ポト政権の大虐殺からたった30年。そしてまだ記憶に新しい UNTAC(国連平暫定平和維持機構)とPKO(平和維持活動)の下で選挙が行われ、かろうじて内戦が終結したのが 1993年、わずか15年前である。その間、大量虐殺によって200万人以上の命が失われ、特に働き盛りであるはずの、30~40代の人口がぽっかりいない。それでも今、プノンペンは復活の真っ只中にあった。
プノンペンの道路には車とバイクが溢れ、バイクには3人乗りは当たり前、時には4人家族全員が原付バイクに、まるでアクロバットのように同乗している。だが彼らは笑顔で溢れていた。発展途上の国がどこもそうであるように、当然街は排気ガスが舞っている。こんな連載をしていて逆説的ではあるけど、僕はこれからの国が発する、独特の汗とオイルと砂ボコリが入り混じった臭いが嫌いではない。そこには人間ががむしゃらに将来に向かっていく力強さが感じとれるからだ。僕がまだ小さい頃の日本も、こういう臭いがしていたような記憶がある。国が通らなければならないプロセスなのだろう。

プノンペンの街並みを車窓から撮る。緑が多く、街が美しい。活気が溢れていた。
この国の状況を見ていると、京都議定書を守れなどとは酷な話。それどころではない。明日の国をつくることで必死になっている。失われた数十年を取り戻すために。おそらくこの先10年は環境について考える余裕なんてないだろう。
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