ストックホルム市の「下水処理プロジェクト」や環境都市「ハマビー・ショースタッド」のすごさは、目に見える建物や設備ではない。むしろ、そういった環境都市を実現させた思想、哲学の先見性だ。
もともとスウェーデンは、国の目標として「2050年にCO2排出ゼロ」を宣言している。CO2の排出自体を極力抑え、それでも出るものはカーボンクレジットで相殺する。そういった国であるから、ストックホルム市でも、さまざまな取り組みが始まっている。例えば、CO2排出の削減とクルマ渋滞の緩和を狙ったクルマへの課金である。市中心部に乗り入れると監視カメラが自動的にナンバーを読み取り、後日、請求書が送られてくる。主に対象となるのはガソリン車。エコカーは減免される。
先ほど、水辺は散歩できると言ったが、この背景には「自然の最も美しい部分は公共財」という思想があるそうだ。だから、水際に立つマンションは一歩引きさがり、水辺の一番美しい場所は公共の場所として一般に開放されているのである。
さらに驚いたのは、ストックホルム市民は緑地から300m以内に住む権利があるというのだ。街を歩くと確かに至る所に必ず緑地がある。公園や森を公共スペースとして残し、市民の誰もが自然と触れあえるようにしてあるのだ。利便性や効率性ばかりを考えて、やみくもに開発を進めるのではなく、そのように緑を公共財として、誰しもがアクセスする権利の対象として残すという方針の下で開発を進めてきたのは、素晴らしい思想ではないか。
ところで、あれほど大々的に施設をつくり上げたハマビー・ショースタッドは、さぞかしストックホルム市の財政的負担が大きかったに違いないと思いきや、実は開発費用のわずか1〜2割しか負担していないそうである。ほとんどの資金は、開発にかかわったデベロッパーが負担した。なぜそれが可能だったかと言えば、通常よりも高い不動産価格を環境意識の高い消費者が受け入れ、支えたからだ。その結果、市も潤い、企業も利益を得られ、市民も満足度の高い生活ができるという「Win-Win」の関係が出来上がったのである。
我々がストックホルム市やハマビー・ショースタッドのプロジェクトから学ぶとすれば一体何だろうか。それはまず高い理念や哲学だろう。日本も「自然を大切に」とか「地球にやさしく」とか言う。でも、それよりも「自然は最大の公共財」と言う方が皆の心に響くだけでなく、社会の意志がより明確になってくるのである。さらには、理念や思想だけでなく、広くステークホルダーを集め、関係者全員による協力体制をつくる政治の力だ。ストックホルム市のクルマへの課金も市民の話し合いの中から生まれた。
こう言った例を見るまでもなく、市民も“成熟”していかねばならない。いつまでも他人に頼るのでなく、自らが新しい変革を起こしていく気概が大切になってくる。もう、自分さえ良ければいいという発想では、地球環境は守れないのだ。負担すべきものは負担する。公共全体のためを考え、場合によっては私益を抑えてでも公益を優先する。そうした思想、哲学が一人ひとりに根付いてこそ、低炭素社会は実現するのだ。
その結果、ベネフィットをエンジョイするのは市民一人ひとりなのである。
末吉 竹二郎(すえよし たけじろう)
国連環境計画・金融イニシアティブ 特別顧問
1945年生まれ。鹿児島県出身。1967年、東京大学経済学部卒業後、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。94年にニューヨーク支店長、取締役。96年に東京三菱銀行信託会社(NY)頭取。98年に日興アセットマネジメント副社長に就任。2002年に退任後、2003年に国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)特別顧問に就任。 2003年10月UNEP FI東京会議を招致、「東京宣言」の発表に尽力。 福田、麻生内閣「地球温暖化問題に関する懇談会」のメンバー。東京大学大学院非常勤講師。現在、テレビ番組のレギュラーコメンテーターとして活躍するとともに、環境問題やサステナビリティ・CSR分野において、講演や執筆活動を精力的に行っている。著書に「ビジネスに役立つ!末吉竹二郎の地球温暖化講義」(2009年、東洋経済新聞社)など。