味の素は、創業100周年に当たる昨年、次の100年に向けて「いのちのために働く」というグループ理念を掲げた。植物を使い、発酵によって製造する「味の素」や、カツオ資源を使う「ほんだし」など、多種多様な生物資源を活用する食品メーカーとして、資源の保全と持続可能な利用のバランスを取ることや消費者へのコミュニケーションの大切さを聞いた。
Q:御社は昨年、次の100年に向けて、「いのちのために働く」というグループ理念を策定しました。生物多様性に対してどのような方針で臨んでいますか。
当社の製品である「味の素」は、うま味調味料です。うま味とは、甘み、塩味、酸味、苦みと並ぶ第5の味で、1908年に化学者の池田菊苗博士がコンブだしから発見しました。その成分はグルタミン酸です。現在、味の素の消費量は世界で年間60万t。これをすべてコンブから作るとすると、世界中のコンブが1週間で無くなってしまいます。
現在はサトウキビやコーン、キャッサバなどの植物を使い、微生物を利用した発酵法で作っています。このほか当社では、食品やアミノ酸、医薬・健康関連の商品など幅広い製品を扱っており、その生産に当たっては多種多様な動植物を利用しています。
つまり、当社のビジネスは生物多様性と深いかかわりがあるのです。生物資源を利用していかに持続的に原料を調達するかということに、仕事の基本があります。
創業100周年を迎えた昨年、次の100年に向けて、「私たちは地球的な視野にたち、“食”と“健康”そして、“いのち”のために働く…」というグループ理念を掲げました。食べることは、命を維持すること。その命をサポートしてくれるのが動植物です。動植物の豊富な資源があって初めて、私たちの仕事が成り立っています。生物資源の維持、生物多様性の保全と一体で仕事をしているわけです。こうした視点に立って事業活動と生物多様性の両立を図っています。
Q:多種多様な生物資源を使うということですが、保全しつつ持続的に利用するために、どのようなことに配慮していますか。
例えばアミノ酸発酵については、米国ではコーン、ブラジルではサトウキビ、東南アジアではキャッサバといった具合に、地域に根ざした持続的で経済的な植物を使います。これらの植物から取れる糖に発酵菌を働かせることにより、菌が糖分を食べて、アミノ酸を効率的に作ってくれます。
「自然の恵みを生かし切ること」も重要です。それは資源を大切にすることにつながります。アミノ酸発酵では、アミノ酸以外にたくさんの副生物ができます。そこにはアミノ酸やミネラルが豊富に含まれています。これを有機肥料として畑にまけば農業に役立ちますし、家畜の飼料にも活用できます。
このように副生物を地域に還元する仕組みを「バイオサイクル」と呼びます。こうした資源循環型の生産に30年以上取り組んできました。
カツオ資源の状況を監視 標識放流して回遊ルート探る
 |

|
ほんだしの原料であるカツオの資源調査のため、水産総合研究センターと共同で、昨年と今年で合計4000匹のカツオを捕獲し、標識を付けて放流した。回遊ルートを調べて資源量減少の原因を探る |
|
|
Q:主力製品の「ほんだし」の原料はカツオです。昨今、マグロ資源の減少など、水産資源の枯渇が国際社会で問題になっていますね。カツオの状況はどうですか。
ほんだしの原料として使用している、中西部太平洋を含む主要漁場でのカツオの資源量は、世界的に安定しています。
しかし、西日本太平洋沿岸でのカツオ漁獲量が2008年度までの5年間に減少し続けているというデータがあり、科学者の間で原因究明が進められています。
世界で魚食が進む中、カツオの消費量が増える傾向にあります。欧米ではカツオとマグロ類が区別されずに缶詰用に使われています。当社としては、カツオを資源として安定的に利用できることを監視しなければならないと考えました。
そこで、昨年4月から水産総合研究センターとともに、「西日本太平洋沿岸におけるカツオ資源の共同調査」を開始しました。同年5月には、奄美大島周辺海域で、1000匹のカツオに標識を付けて放流し、回遊ルートを探る調査に乗り出しました。資源の状況を肌で感じるよう、調味料部の社員も調査に参加しました。今年も3000匹を放流し、解明に当たります。
Q:水産資源の保全はCOP10でも大きな議題になります。カツオ資源を持続的に利用するために取り組んでいることはありますか。また、MSC(海洋管理協議会)認証の魚など、持続可能な漁業を定めた認証品を原料に使用する計画はありますか。
1997年に、かつお節メーカーと共同で「かつお技術研究所」を立ち上げました。この研究所では、カツオを資源として余すことなく生かし切り、次の「いのち」につなげるための研究に取り組んでいます。
かつお節になる身の部分は全体の約20%にすぎません。それ以外の頭や内臓は、加工して魚醤などの調味料として生かします。また、栄養に富んだ肥料としても製品化しています。骨はカルシウムの原料になります。資源を生かし切ることが、生物多様性の保全につながると考えています。
MSCなどの認証品を原料に使うことについては、これからです。当社の場合、原料の使用量が多いので、安定的に調達できることが一番になります。現時点で認証品はそれほど市場に出回っていません。原料としての安定性を見ながら、判断していきたいと思っています。
Q:世界各地で生物資源を調達し、工場を稼働していますが、地域によって原料の調達や文化の違いによる生産の難しさはありますか。
現地で一般的に流通している穀物を原料に使い、それを大量に購入できる場所に工場を立地しています。調達・生産においては地域との共生が基本。現地の言葉を話し、そこの食べ物や食文化を理解することが大切です。
例えば、スープを1つ取っても、日本と欧米ではマーケットが異なります。当社はクノールブランドのスープを製品化していますが、日本人は朝にスープを飲む習慣があります。忙しいから手早く作れるスープがよいということで、カップスープが登場しました。
しかし、欧米人は朝に飲みません。昼以降にゆっくり飲むのです。だから具材が入った缶スープが主流です。食文化を理解し、地域に根ざしたビジネスを展開しています。
生活者としての視点持つ 料理で生物多様性を実感
 |
趣味は料理。材料を無駄なく使い切り、おいしく作ることが、生物多様性の保全につながるという
写真/岡山寛司 |
|
|
Q:
伊藤社長が取り組まれている生物多様性の活動はありますか。料理が趣味だと伺いましたが。
時間のある週末などに、料理をしています。ところで、地球上の生き物の中で人間だけがなぜ料理をすると思いますか?人間はあごの力が弱いし、生ものを食べると消化に時間がかかります。そこで消化を早めるために料理をすると私は考えています。つまり、料理は「消化のアウトソーシング」。そのおかげで消化に負担がかからなくて、脳が大きくなったんじゃないかと思っているのですが(笑)。
私は料理の際に材料を無駄なく大切に使い切ることを心掛けています。いろいろな素材を組み合わせておいしいものを作る。心を込めておいしく作る。そうすれば、食べ残しがありません。それも、資源を大切にする生物多様性に通じるのではないでしょうか。日常生活の身近な出来事から生物多様性を考えることが大切だと思います。
Q:2009年版のCSRレポートと環境報告書が、環境省などが主催する「環境コミュニケーション大賞」の環境報告書部門で「持続可能性報告優秀賞」を受賞しました。環境コミュニケ—ションにはどう取り組んでいますか。
例えば、「貴重な資源ですから、食べ切ることから始めましょう」という環境メッセージを送りたいとき、難解なレポートを作ってもメッセージは伝わりません。むしろ、からっぽの鍋の写真に、「お母さんの自慢でしょ?」というコピーを添えて見せる。身近で生活感のある表現の方が、相手の心に届くと思っています。生活者のみなさんと同じ視点を持つことがポイントだと思っています。
環境報告書を作成する際も、同様にわかりやすさと親しみやすさを追究するよう努めています。おかげで、4年連続で各団体主催の環境報告書賞を受賞しました。
Q:
生物多様性保全における今後の展望を聞かせてください。
2011年からの3カ年、6カ年の経営方針を現在議論していますが、資源の保全、資源を生かし切る、地域共生型生産、環境コミュニケ—ションが大きな柱になります。今年は、生物多様性の保全活動を多くの人に平易に伝える年にしたいと思っています。
(聞き手/藤田香 構成・文/佐保圭 写真/中島正之) |