この十数年、東北の農山漁村の小さな集落ばかりを600カ所ほどたずね歩いてきた。おかげでたくさんの人と知り合い、農や食に関するたくさんのことを教えてもらった。むろん話は楽しいことばかりではない。村が抱える様々な悩みにもつき合うことになる。
昨年の村の嘆きの一番は異常なまでに落ちこんだ生産者米価。十数年前の半値以下の、1俵(60kg)1万1000円になってしまった。日本一のブランド米だと自負していた新潟産コシヒカリも1俵1万3000円と、かつての3分の1まで下落し、「もうこれ以上、米作りを続けられない」と、どの顔もうつろだった。

日本の食の生産現場が抱える悩みは米価の下落ばかりではない。南国沖縄に行けば、春3月に日本で一番最初に新茶が出る国頭村(くにがみそん)では「地元だけの販売では生産が限られてしまう。大産地に買いたたかれて、ブレンド茶になるしか手はないのだろうか」と嘆いていた。同じ沖縄の東村(ひがしそん)に行けば、1990年の輸入自由化以来、パイナップル価格が低迷を極め、「もうやってはいけない」とあきらめ顔だった。北の青森では採算が合わなくなってりんごの木が次々に伐り倒され、岩手沿岸では、海藻はこんなにとれるのに、規格が合わないので売れないと、販売ルートさがしに苦慮していた。
共通するのは小さな生産活動ゆえの流通の悩みである。たしかに身近に農産物直売所ができて悩みの一部は解消されたが、いかんせん自然を相手の仕事。季節の旬には直売だけではさばけないほど海の幸、山の幸がとれる。しかし規格の厳しい広域流通システムからは拒否される。形は不揃いでも、旬のおいしさを届ける、もうひとつの手だてはあるまいかと相談をもちかけられることが多くなった。
これといってうまい手だてを示せぬままに、この2〜3年は東北を離れて日本各地の村を歩くことが多くなった。四国、九州、山陰、北陸。おのずから北国の生産現場が抱える悩み解決のヒントさがしの旅になる。
2年ほど前の秋は九州宮崎県高千穂町にいた。鹿児島、熊本、大分からも旧知の村人がかけつけてくれた。山ひだに張りつくように暮らす村々を一緒にたずねまわり、村人が演じてくれる夜神楽を観ながら酒をくみ交わした。話題はゆず、かぼす、きんかん、日向夏など、東北にはない柑橘類に及んだ。せっかく実った柑橘類だが販売先を失って空しく野ざらしになっていると、九州の村の悩みは東北と同じだった。もったいないと思う心が、届けるべき道をさがしあぐねていた。それをききながら、酔いにまぎれて、つい口をすべらせてしまった。
「冬の長い東北にとって柑橘類はあこがれの食べもの。その色を見ただけで心が温かくなるような気がする。一方、東北には南国にはない冷たい海が育てるワカメやコンブがある。海藻だけでなく、南でとれない農産物もある。北と南の悩みの種を持ちよって、物々交換をする仕組みと関係をつくれないだろうか。もとより金は動かぬが、物といっしょにこめられた心が動く。交流は交易を伴ってこそ実を結ぶのではあるまいか」



















