石弘之:「地球危機」発 人類の未来

2009年6月26日

なぜ、ソマリアで海賊が暴れるのか

ソマリア近海で海賊が出没し、船舶を乗っ取っては高額の身代金を要求する。この海賊の正体は何か? ソマリアでは無政府状態が続くのをいいことに、好漁場だったこの近海に欧州やアジアの漁船が殺到して漁場資源を枯渇させ、海岸には欧米やアジアの企業が有害廃棄物を不法投棄してきた。この乱獲と汚染で生活できなくなった漁民が海賊になったのだ。

20年間続いた無政府状態

 海賊の被害の急増で有名になったソマリアはアフリカ大陸の東北端にあり、インド洋に突き出した国の形状から「アフリカの角」とも呼ばれる。イタリアとイギリスの植民地だったが、1960年に独立した。だが、6つの氏族に分かれていて、独立直後から今日まで覇権をめぐる抗争が続いている。

 三つ巴の内戦の末に、1991年に中部のソマリア最大勢力のアイディード将軍が、首都のモガディシオを制圧する。しかし、今度は派内で内部抗争が発生して、新たな内戦が全土に拡大してソマリアは無政府状態に突入した。それぞれの勢力は、機関銃、大砲、戦車、装甲車まで保有する数百人から数千人の規模の民兵を抱えている。

 彼らは武装強盗となって略奪を繰り返した。このために飢餓が広がって餓死者や殺害されたものは30万人を超え、対岸のイエメンや隣国のケニアに脱出する難民も急増した。国連、赤十字、NGO(非政府組織)が1992年から食料援助を始めたが、武装勢力に援助物資を略奪され、NGOの活動家が殺されて援助活動どころではなくなった。

 国連安保理は初の「人道目的のPKF活動」を決定、米国が主力となる多国籍軍がソマリアで「希望回復作戦」を展開し一時的に秩序が回復した。たが、1993年4月米国軍が撤退すると同時に、アイディード将軍は再び勢力を盛り返した。

 8月に事態を打開するため、約100人の米軍の精鋭部隊が首都モガディシオの敵陣の真っただ中へ乗り込んだ。当初の作戦では将軍派の幹部らを捕らえるはずだったが、3週間の予定が6週間を過ぎても任務は終わらなかった。それどころか、作戦中に民兵のロケット砲攻撃で、2機のヘリが敵地のど真ん中で撃墜された。2002年に公開された米国映画「ブラックホーク・ダウン」はこの事件のドキュメンタリーである。

 ヘリのパイロットの死体が裸にされて市内を引きずり回され、この映像が世界に流された。米国の世論が激高し、クリントン政権はソマリアからの米軍の撤退という屈辱的な決定を下した。結局、この作戦では18人の米軍兵士と1人のマレーシア兵士が死亡した。

 この苦い経験がその後の米国のトラウマとなり、1994年に100万人以上が惨殺されたルワンダ内戦などに、軍を出動させなかったことにもつながった。アイディード将軍は1996年、対立派との戦闘中に銃弾を受けて死亡した。米紙の報道によると、CIA(米中央情報局)が関与していたという。

 ソマリアは依然として混乱の極にある。隣国エチオピアが後ろ盾になる「暫定連邦政府」と、さらにその隣国エリトリアが支援する「イスラム法廷会議」という2大勢力の戦闘が絶えない。一人あたりのGDP(国内総生産)は600ドルほどで福祉制度や医療体制が大きく立ち後れ、平均寿命は49歳と短い。国民の半数は飢餓状態で、子どもの4人に1人は5歳までに死亡する。

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