益田文和:記憶のデザイン

2009年1月22日

第38回 サステナブル社会を築く 平成版“維新”の志士たち

慶應義塾の跡地に建つエコプラザ

 慶応4年(1868年)、鳥羽・伏見の戦いが起こり、同じ年の旧暦9月には明治元年となった。その、まさに日本史の大転換のさなか、福澤諭吉はそれまで10年の間、築地鉄砲洲で開いていた私塾を芝新銭座に移し、「慶應義塾」と名付けた。今でいえば、JR浜松町駅から線路の1本西側の路地を新橋に向かって、少し北へ行った辺りである。

 当時、今の線路より東側は、江戸前の海に向かって開けた浜だった。落語の代表的な人情話、歌舞伎でもおなじみの「芝浜」の舞台にもなったところで、魚屋の勝五郎が大金の入った財布を拾った浜辺もこの近くらしい。

 慶應義塾は明治4年(1871年)に三田に移ったが、跡地にはその後、神明小学校が建てられた。その神明小学校も統廃合によって移転し、今度は港区立エコプラザが、虎ノ門から移ってきた。2008年のことである。

 慶応4年の明治維新から数えて140年目、“平成維新”でも起こさなければ治まらないような時勢のなか、オープンしたばかりのエコプラザで開催されたのが、「第3回サステナブルデザイン国際会議」だった。

港区立エコプラザ前には、風車とともに学塾跡の記念碑がある
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